大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1013号 判決

一、被告人は、日本炭鉱労働組合福岡地方本部(以下単に福炭労と称する)厚生部長であつたが、その傘下嘉穂鉱業労働組合(以下単に嘉穂労組と称する)は、日本炭鉱労働組合(以下単に炭労と称する)の指令により、三井鉱山株式会社外所謂大手筋十五炭鉱会社の労働組合と共に、昭和二十七年十月十七日一番方より無期限ストに突入し争議中であつたが、同年十一月二十日嘉穂労組闘争委員会の決定に基き、同労組事務局長佐藤正雄外四名の執行委員が、会社側と団体交渉を為し、争議を中止する旨協定し、即時争議を中止する旨を発表したこと。

二、嘉穂労組は、昭和二十七年八月開催の大会決定に基き同年十月以降の賃金に関する会社側との交渉権、妥結権及び争議権の一切を炭労に委譲していたこと。

三、嘉穂労組闘争委員会においては、右委譲後三ケ月を経過しても炭労の団体交渉に成果の挙がらない為、この際炭労を脱退し、戦術を転換すべく、その方法はこれを戦術委員会に一任するとの提案が起り、同委員会は、昭和二十七年十一月二十日四十七票対二十一票の差で同案を可決し、佐藤嘉穂労組事務局長以下の執行委員は即日会社との団体交渉を開始し、同委員と会社との間に仮協定が締結されたこと。

四、小川嘉穂労組組合長は右日時組合事務所において、大会の開催を強硬に迫る組合員にとりかこまれて、団体交渉の場所に赴くことが出来ない状態にあり、又塚本同労組副組合長は病中であつた為、佐藤局長は組合長及び副組合長に代つて、前示の如く会社側との団体交渉をなしたこと。

五、前記闘争委員会の決定を聞知した一部組合員は、これに対し不満を抱き、同日続々組合事務所に参集し、其の場にあつた小川組合長に対し、争議中止の非を鳴らし、即時大会の開催を要請したが、小川組合長はこれに屈し、即時大会を開催、参集した組合員は先になした決定を覆し、炭労を脱退せず、引続き争議の続行を満場一致で決定し、尚翌二十一日、二十二日の各大会においても右三、の協定は無効とし〓争議の続行を確認したこと。

六、炭労中央闘争委員会は、嘉穂労組の炭労脱退及び右三、の単独協定の締結が、他の組合に与える影響を重視し、又右脱退が、嘉穂労組全体の真意に基かないものとして、争議よりの脱落者を防止し、且ついわゆる争議破り行為を阻止するため、十一月二十二日福炭労に指令して福岡県嘉穂郡上穂波村所在嘉穂鉱業株式会社鉱業所の周囲にピケツトを張ることとし、福炭労は右指令により嘉穂労組の組合員のみならず傘下各組合の組合員をも動員してその実行に移つたこと。

七、被告人はピケツト現場の全般的責任者である秋好福炭労事務局長の下にあつて、同様福炭労の役員として、主としてピケツト隊との連絡の衝に当つていたこと。

八、被告人は、昭和二十七年十一月二十三日発生した本件現場である前記鉱業所上穂波鉱事務所前の稼橋上のピケツト隊にあつては、卒先して隊員を鼓舞激励し、或はその行き過ぎを戒める等隊員の指導に従事したこと。

九、前示事件当日午前九時頃より約二時間に亘り右稼橋の南方鍛錬館側において、橋上のピケツト隊員百数十名がスクラムを組みこれを突破して出勤せんとする会社職員数十名を十数回体当りを以て押し返しその通行を阻止したこと。

十、嘉穂労組は、職員組合と労働組合とに分れていたが、昭和二十七年十一月十日頃右職員組合は炭労を脱退し、其の頃争議を中止し、会社に出勤していた為、爾来本件発生までには出勤しようとする職員がピケツトを通過するに際り終局的に通行を阻止された事例がなく、本件当日に至つて始めて、其の通行阻止の事態が生じたこと。

十一、河口猛雄が本件事件当日、被告人の指揮する前示ピケツト隊員と職員との押し合いの際、被告人に背後より突き飛ばされ、その場に停止することを得ずして、稼橋南側鍛錬館の反対側の高さ約一米七糎の崖下に落ちたこと。

が夫々認定できるのである。

そこで先ず第一に右六、八、のピケツト其のものが違法であるか否かの点を検討して見ると右三、の嘉穂労組闘争委員会の炭労脱退の決定は、同労組の意思決定と認めるを相当とする。蓋し、当審第二回公判調書中の証人小川勝猪の供述調書によれば、同労組の最高の意思決定機関は大会であり、闘争委員会は右の大会に次ぐ意思決定機関であつて、該機関による決定は、正規の大会の開催までの同労組の意思決定と目するを得るからである。従つて右脱退により、同労組は先に炭労に委譲したその固有権と目すべき右二、の交渉権、妥結権及び争議権の一切を炭労より一応回復したものである。尤も炭労規約第五十五条には「この組合を脱退するときは、その支部の正規機関の決議書を脱退届に添えて地方本部を経由中央本部に送付しなければならない」と規定されていることは、当審において弁護人より提出された右規約規程集に徴し明白であるけれども、右は単に脱退についての届出形式を規定したに止まるのであつて、脱退そのものの効果は、脱退者の意思決定表示により直ちに発生するものと解すべきである。只炭労に対しては、右規定による通知により其の対抗力を生ずるから、右通知受領以前の会費の徴収権等炭労加入による加入者の通常負担すべき義務に対する履行の請求権等は炭労に属するものの、右二、の穂嘉労組より炭労に委譲した同労組の固有権と認められる妥結権、交渉権及び争議権の如きは、右脱退の意思決定表示によりこれを回復する解すべきであり、同労組は、その回復した前記権利に基ずき会社側と右三、の協定を締結することを得るものと謂うべきである。右三、の協定の当事者たる同労組執行委員佐藤正雄の権限については右四、記載の事由による同労組の組合長及び副組合長の事故の為同労組の事務局長たる佐藤正雄において右組合長の業務を代表したものであつてもとよりその権限は正当である。尤も右労組規約中に「組合長又は副組合長の不在」「業務の代行」なる文言が存することは本件記録上明白であるけれども、右四、認定の事情より見れば、本件は正に組合長又は副組合長の「不在」の場合に準ずべきものであり、又右の「代行」なる辞句は必ずしも業務の内部的機械的業務に限らるる意義に限定すべきではなく、同労組の外部に対する代表権限をも包含するものと解すべきである。しかし、当審第五回公判調書中の証人森本照の供述調書によれば、同証人は右三、認定のとおりの事実を証言しているのであるが、当審第二回公判調書中の証人小川勝猪、当審第三回公判調書中の証人佐藤正雄の各供述調書によれば右三、の会社との仮協定後佐藤正雄等の執行部とは別個に嘉穂労組の炭労脱退及び右三、の仮協定を不服とする所謂反対派を以て組織する執行部が設立せられ、事実上同労組が二分されたこと及び右新設の執行部は会社側としては同労組の執行部として正式にはこれを認めなかつたことが明白である。しかも右佐藤等執行部の為した右三、の会社との仮協定については佐藤派に属する労組の大会において否認された事跡の存しない本件においては、会社に対する関係において右仮協定成立と同時にその争議は一応中止されたものと見るべき見解も生ずるのであるが、前記佐藤証人の証言によれば、昭和二十七年十二月に至り炭労組合及び会社側との間に協定が成立し、嘉穂労組の労働争議は全面的に中止されたこと、其の後に至り地方労働委員会の斡旋により佐藤等の執行部も其の反対派の新設臨時執行部も共に白紙にかえり、昭和二十八年二月一日嘉穂労組全部の新執行部が発足した事実が明白である。前示認定事実を綜合すれば、佐藤派執行部に属する組合員の争議は中止されたが、一面その反対者側の執行部に属する組合員の争議は依然継続していたものと認むべきである。されば右六、八、の所謂ピケツト其のものは前示の如く争議行為が継続するものと認められる右反対派所属労組の鉱員の就労を阻止し又は所謂スト破りを妨止する限度において違法でないと謂うことができる。従つて右十、に認定したとおり争議行為をしていない嘉穂鉱業所の職員、佐藤派に属する鉱員、保安要員を含む所謂第三者の通行はこれを自由になさしむべきである。しかもピケツト本来の目的は、同盟罷業に当り組合員の団結を確保し、且つその勢力を使用者に対し示威すると共に戦列を離脱して就労せんとする組合員に対してその飜意を促す機会を得ることにあり、これが為には一応其の通行を阻止して説得することは許容されるも、該説得は平和的方法によることを要し、又あくまで説得に応じない組会員に対し終局的に通行を阻止することは畢竟暴力の行使であると解すべきところ、右八、九、認定の如く出勤せんとする職員をスクラムを組み体あたりを以て押し返し、その通行を阻止した被告人等ピケツト隊員の行動はピケツトの適法性の限界を超え威力に因る業務妨害及び暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の罪を構成するものである。

次いで第二に原判決の認定した所謂期待可能性理論について考察すると当審第四回公判調書中の証人吉村義雄の供述調書によれば本件事故発生の前日ピケ破りの風評が被告人等ピケツト隊員に入手されたこと及び本件事故発生当日稼橋北方において其の南方鍛錬館側の押し合いに先行してピケツト隊員と一群の人との間に押し合いがあつたことが認定できるのであるが、当審検証調書中の被告人の供述記載及び当審証人長沢良平、小野清、河口猛雄、安藤邦夫の各証言によれば、本件事故発生当時稼橋南方鍛錬館側のピケツト隊と職員との押し合ひは前後十二、三回約二時間に及んだところ、その間南方のみの押し合いに始終していたこと、長沢等はいずれも出勤の目的のみを以て当日稼橋南方に至つたものであり何等ピケ破りの目的等他意なかりしのみならず、最初長沢良平はピケツト隊に向い「俺は通るぞ」と申向けたところ被告人は「勤労係長しつかりやらうぜ」と応答したこと、職員等は最初は只長沢良平の後に続いて通行せんとしたに止まり、掛声は勿論発せず、又スクラムを組んでピケツト隊に対抗したものではなかつたこと、ピケツト隊は職員は勿論何人と難もピケツト線を通過せしめない決意を有していたこと及び南方に集つてピケツト隊との押し合いに参加したものは其の殆んどが職員であつたこと等がいずれも明認できるのである。右認定事実によれば、被告人等は長沢良平等が職員であることを知悉し乍ら故意に其の通行を八、九、認定のとおり阻止したものと認められるのであつて、其の間何等ピケ破りを防止する為の急迫不正の侵害があつたとは思われない。されば原判決が出勤しようとする職員とその然らざるものとを区別し一人宛通過せしむることは不可能であり、これを期待できなかつたと認定したことは相当でなく、本件は期待可能性の不存在を以て責任阻却事由となすに不適当な案件と謂わざるを得ない。此の点において原判決には責任阻却事由に関し法令の解釈を誤つた違法がある。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

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